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パニック障害、鬱病 記録


ここには、私の体験、経験等を残したいと思います。
発病のときから、病気が治って思ったことなども続いてます。

2000年の5月9日の事でした。その日は朝から非常に暖かく、「仕事が終わったら渋谷でビールをクーっと飲みに行こうよ!」って楽しくメールを交わしてました。
仕事を定時で切り上げ、さ〜て飲み会だ!と張りきって会社を出て地下鉄に乗りこみました。ちょうど帰宅時間の満員電車、1駅目は何ともなかったのですが、それから暫らくすると、心臓がドキドキしてきて、何とも言えない不安感に陥りました。だんだん呼吸も荒くなり、頭の中が真っ白になってしまったのです。2駅目に着きドカドカと人が乗り込んでくると、いてもたってもいられなくなり人を掻き分け、押しのけ飛び降りました。
次の電車に乗れば良いでしょうと思ったものの、地下という空間に圧迫感を覚え階段を駆け上がり地上に出ました。暫らく座りこんだあと渋谷行きのバスに乗りましたが、ここでも不安感だらけ、バスのドアが閉まるたび涙が出てきてしまい、渋谷まで乗っていられず途中で降りて歩きました。道玄坂に入ると高いビルや人ごみの恐怖感に襲われ、裏道に入ってみたところ寂しさと不安感でいっぱいになってきました。
ようやく待ち合わせの店に入り、仲間のいる席に着いても落ち着いていられない状態。飲めば治るだろうと、不安ながらも、ドンドン飲んでみました。いろんな話をしているうちに酔ってしまい結局何だったのかわからずタクシーに乗って帰りました。

次の日、出社しようと地下鉄に乗ったら1駅で不安だらけになり、呼吸困難寸前。気が遠くなりそうでした。結局出社できず、バスに乗る事も出来ず歩いて帰りました。

 

5月11日 心療内科へ
出来事を話して様子をみるよう言われ、下記の薬を処方される。

デパス
ルボックス
頓服用 コンスタン
不眠時用 レンドルミン

 

薬を飲み。会社に行こうと思うが地下鉄の階段すら下りる事ができなるなってくる。結局数日間会社を休む。。。近くのスーパーに買い物に出掛けレジで並ぶと、それが我慢できなくなってくる。やはりその場にいられなくなり、直ぐ外に出る。その後そのスーパーに入るのもダメになる。
なんでこんなになったのか・・・今考えると地下鉄以前にも3つ思い当たる事があった。

●二千年の二月にプーケットに行った時、ダイビングのライセンスを持って沢山もぐってるはずの私が、水中歩行というヘルメットをかぶって海底を散歩するというオプションに行ったとき、一緒に参加した人達には私がいるから大丈夫だよ!とか言いつつ5分としないうちにギブアップ!透明度の悪さとチューブで送られてくる空気の生温さに耐え切れず船に戻るった。ショックで悔しかった。

●二月の終わりにお台場で夜、大観覧車に乗ったとき4分の1も行かないうちに超緊張。(遊園地で怖いのはオバケ屋敷だけだったのに・・・)密閉された狭い空間に恐怖を感じる。大きな声で友達と全く関係無い話をして気をそらしたりして、時間を過ごした。半分を過ぎると、もう終わりに近づくと思い気分は普通に戻った。やっと夜景を観る余裕ができる。

●5月に新幹線に乗ったとき2階建てMAXの下の指定席だった。窓から外を見るとホームとほぼ視線が同じ高さで、圧迫感を覚える。一度ドアまで行き深呼吸をして元に戻った。その後目的地まではお弁当を食べたりビールを飲んだりで、何とも無かった。(新幹線とかって窓が開かないから余計いやなきぶんになる・・・空気にも左右されるようだ。)

 

私が心療内科に行ったのは、テレビで電車に乗ることが出来ない、ホームに立ってることすらだめってオバさんの特番を偶然にも観たからだった。もし観ていなかったら、心療内科の存在すら知らずにどうなっていたか・・・体調が悪いんだな〜で済ませられてたか・・・それとも、気が変になっていたかも知れないな・・・

 

心療内科へは週に1回通った。薬の種類は変わることは無かったが、量は0.5gから1gに増えたりした。

 

会社にも出社することが出来なくなってきて、家にいる事が多くなってくると、今度はそれが辛くなってきた。我が家はマンションの9階なんだけど、立っているのが怖くなって目が回ってくる。家に誰もいないときなど、どうすることも出来なくって泣き叫んでしまう。10年も住んでる家で突然そんな事が起きたのです。カーテンも閉じておかないと足が竦んでしまうんです。ベットに横になってないと窓に吸い寄せられそうになるんです。

怖い話だけど死にたくなってしまうんです。こんなに不安定な状態が、ずっと続くのなら消えたいって思い始めました。なんで生きてるのか、私なんてなんの価値があるかな・・・でもそんな勇気なんかないんです。窓に寄る事すらできないんですから。

やっぱり親の悲しむ姿なんか考えると、そんな事はできないし大好きな歌が歌えなくなるし・・・本当にただ泣いてるだけでした。この私が歌を歌う事もできなかったのです。

 

ある夜の事、17歳のバスジャックのニュースを観ていたら、自分がそこにいたかのように恐ろしくなって、母に抱きつき声をあげて泣きじゃくりました。それ以来自分が3,4歳の子供になったような気がしました。お母さんの姿が見えないと不安になって泣いちゃう子供になったのです。

母が仕事から帰ってくるまでずっと寝ていて14時半に帰ってくると起きる生活になりました。

 

余談・・・私の姉は旅行会社の添乗員をしていて広島の高速でバスジャック事件の影響をくって渋滞にあい、カンカンに怒ってました。そのくらいの強さがなくちゃいけないんですよね。。。余談でした。でもこれが大事なのかも。

 

殆ど、ひきこもりの鬱病状態になり、このままではイケナイと思い、電車がだめならと、自転車で会社に通う事にしました。6月は爽やかな風に押されて気分もかなり良くなりました。太陽に当たりながら自転車!心も身体も健康的!社長も優しい方で緑のいっぱいある公園に連れてってくれたりしました。

電車には近寄らなかった。病院からの指導でイヤなものは、なるべく遠ざけるって事だったので。これでかなり回復したんです。あとは週に2回くらい高津の鍼灸院にも通いました。自律神経がおかしくなってるのでそこにも通いました。そこの先生もとても優しい方で病院のお庭で土いじりや、ハーブやお花の種をまかせて下さいました。土に触れていると心が落ち着くんですね。マイナス思考が、なくなっていくんです。人間の五感をフルに使えるんですね。

 

高津鍼灸院  http://www.j-guild.com/hari.htm

 

7月からゴスペルのカルチャースクールに通いはじめました。もともと歌の大好きな私には元の状態に戻す良いリハビリだったんです。私なんか一人ぼっちって思いが鬱病にさせてたのが共通の趣味を持つ仲間が出来て心が開いてきたんですね。

 

これで薬も飲まなくても良くなってた時、思わぬ災難が起こったのです!

8月2日トラックと自転車で接触事故!これからが大変なんです。

 

何もかもが、悪い状態に戻りました。幸い両方ともスピードを出していなかったので、引かれる事はなかったのですが、横からぶつかり右側に倒れてしまったのです。頭を打って腕、腰足を打ちつけ、痛さと何よりもショックで立ち上がる事ができず、気が遠くなってしまいました。ふと気付くと人だかりが出来てました。近所のかたが救急車を呼んでくださり、いろいろ正気かどうが質問ぜめにして下さいましたけど、唇まで震えちゃって、ちゃんと伝わったのかどうか・・・で。電話番号を聞かれたのだけど、それがいろんな数字が頭を駆け巡り分からなくって、なぜか名刺を出していました。(それが不思議ですよね。しっかりしてたんだか、なんだか??)私の心配だったのは自転車のカゴに入っていたお昼のお弁当とアイスクリームだったんですよね。夕方病院から戻るとお弁当とアイスは通報してくださった方が召し上がっていました*.:(^ー^*)ノ

 

救急車が来るまで、かなり時間がかかったような・・・タンカーに乗せられ初めての車内。これが外が見れないし、狭い中に5人くらい救急隊の人がいたのかな?その狭さにマタマタパニック!どこに連れていかれるかも分からないし、どうなっちゃってるかチンプンカンプン!!キャーキャー泣いてたら、身体中が痺れてきて余計怖くなるんです。優しい救急隊のオジさんが手をしっかり握ってくれてて、「大丈夫だから落ち着いて、他の事考えて!」って言ってました。

この状態で何を他の事を考えれば良いの〜〜!!出来るわけないじゃ〜ん!きゃ〜〜!って感じでした。

身体が痺れたのは、カカンキ障害?とやらで、泣きじゃくりすぎて酸素の取り過ぎでなるものらしいです。 

 

何分救急車に乗ってたのか、ピーポーピーポーピーポーって頭にこびりつきました。あの音も大事だけど、止めてほしいですよね。今でもその音を聞くと、そのときの記憶が甦ってしまうんですね。

 

2002年、5月現在の今はかなり調子よいです。
それはライブ情報などを見ていただければ分かると思います。
人前に出る事も、電車、バス、新幹線、そして東京から沖縄まで飛行機に乗る事もできました。
それも一緒に病と向き合ってくれた両親、知人、友人、またこのHPを見てメールを下さった方々、そして音楽♪
まだ薬は飲んでますが、症状は安定しています。
たまに独りになったとき不安に陥る事もありますが、そんなときは寝る!歌う!誰かに電話する!これで、乗り越えてます。(二日酔いの日もカナリキツイm(__)m)
とりあえず、ずっと薬を飲み続けてもいい!って開きなおることにしました。
この思いスゴク大きかったみたい。
早く治りたい、早く薬なんて手放したい。この焦りが、よけいに自分を追い込むんですねぇ
いいよ、ずっと飲んだって、ずっと薬と友達になってるわ〜って思うくらいが気楽になります。
その方が、薬を飲み忘れるくらい平気になったりします。(ヘンな言い方だな。。。) 今では、保険の適用で心療内科、薬代を保険で全て10割面倒みてもらってます。これも大きいですよ。お金がな〜い!って思いながら病院に行ってたのに、いつでもタダって思ったら気が楽になったりして、頓服を飲む回数は月に1度あるかな・・・ けっこうゲンキンだったりします(^^ゞ

また飲んできた薬を更新したいと思ってます。すっごく鬱になってた事が、死にたくなってた事が嘘のように今元気に活動してます。最悪なときは長い人生の少しだけです。きっと元に戻っていきます。焦らず包帯をゆっくり取るように優しい気持ちで自分を見つめてください。


2006年6月

そして、2006年になってますが、今は月に4回
自宅から約3時間かけて電車だけでも2時間の距離を
ひとりで歌の先生をしに通ってます♪
そして薬も手放すことができました。

いろんなヒーリングをしました。
退行催眠もしました。
ここで、私の過去に閉じ込めていた
寂しかったこと、悲しかったことが出てきました。

トラウマとかもそうかも。

そしてそれを受け入れ、安心させてもらいました。

それぞれ病気になった人にはいろんな原因があると思います。

なにか原因があって、病気という形になったんですね。
その原因を感じてあげて、良い方向へ導く

みんなと楽しくしてるときは発病しなかったんです
ひとりでいるとき発病しやすかった。

簡単ではないけど、病は気からって言いますよね。

肩こりだって、しっかりほぐせば治るし^^
心の凝りだって治るんだと思います。

焦らず、しっかりあたためて
クチビルのはしを上げて
ちょっと笑顔をつくり
太陽を浴びる。


一番良かったのは、ひとりじゃないんだって思えたこと。
みんなでこの地球に生きてるんだなってことです♪


2007年、10月には飛行機乗って、九州へ行きました。
12月には宮古島、那覇へ行きました。
大きなステップアップでした〜♪
この病気になったのは、人の愛を知る為ということも分かりました。
けっこう勝手に突っ走るタイプだった私に
人とのかかわりを教えてくれた病気だとも思います。
人のことを信じる喜び、信頼、愛を教わりました。

ほんとに辛かったけど
学ぶもの多かったです。

この学びを生かす人間になるんだと思います♪


今、思うこと。。。

つらくキツイとき、悩んだとき人って下を向いちゃいますよね。
でも上を向いてみてください。
下を向いて、顔をしかめてるのって簡単。
そしてずっと向いてられる。
でも上を向いてると、イヤな顔を長くはしてられないんですよね。

あなたなら、どちらを選びますか?
どうせなら辛くない方がいいじゃないですか〜♪


自分を褒めてあげる。

このページの最初の方を読み返すと
私は頑張りすぎてると思うんです。
ナニナニだったのに。だから出来なくてどーすんの! とか
そんなハズないじゃん!とか。。。

そうして自分を責めてるのが読み取れます。

いい意味の『ま〜いっか。』
これも大事だなって思いました。

それより、今日も起きて、顔洗ったじゃん。
あ〜偉いな私って!って
些細なことでも良いから自分を褒める。
そうすると、自信もわいてくるんですよね☆

いい意味の『適当』って大事ですね。



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